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大船に乗っている
ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、
無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。
(教行信証 総序)

大きな船に乗っていると船に乗っていることすら自覚できず、
忘れて生活しています。

大船の上で泣いたり笑ったり怒ったり。
欲を出して痛い目を食ったり、
恐怖で動揺したり。

でも確実にこの大船は目的地に向かって進んでいます。
いや実は今、既に目的地のいるのかもしれません。
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[2021/03/20 20:45] | 感謝 | コメント(0) |
見えないはたらきがあります
現在では多くの人が仏教と言いますが、
明治時代までは仏法という人が多かったそうです。

法。
法とは何でしょうか?

いつでも、どこでも変わらないはたらきのことを「法」と言います。

「法」を使った言葉に、たとえば「法則」があります。
物理学者のニュートンが万有引力の法則を発見しましたが、
地球上では、過去現在未来のいつでも、
日本でもアフリカでも南極でもどこでも、
物は地球に引き寄せられるという「法」がはたらいています。

南無阿弥陀仏は私の上に成立する「法」だと教えて頂きます。

どのような法かと言えば、
この私を阿弥陀部との浄土に生まれさせる法、はたらきです。

そしてこのはたらきは、いつでも、どこでも、すべての人の上にはたらいています。

智恵のない私は、この法を証明して、証拠を提示して欲しいと思いますが、
残念ながら法のはたらきは五感で認識ません。

認識できないので無いのかもしれませんが、
認識できなくても有るものもたくさん有ります。
そこが悩ましいところですね。

TVのリモコンの電源ボタンを押すと目の前の長方形の箱の画面に動画が映る。
3歳の幼児でもやっている、当たり前のことですが、
仕組みは、私にはサッパリわかりません。

この仕組みを学者や技術者は理解して説明ができますが、
私はテレビの電源ボタンを押せばいつでも画像が観られる
と思って生活していれば十分で、
テレビが映る仕組みを知らなくてもいいかなと思います。

南無阿弥陀仏のおまかせすれば浄土に往ける。
これで十分です。

このことに疑いが無いのが不思議です。

南無阿弥陀仏
[2021/03/14 05:23] | 阿弥陀仏の本願 | コメント(0) |
声の仏となって届きます
南無阿弥陀仏は、ただの言葉ではありません。
もちろん呪文でもありません。

強欲で、怒り、そねみ、ねたみしかない私の口からこぼれ出る
如来様の声です。

口に出して、今、実際に、小さな声で称えてみて下さい。
「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」

聞こえましたか、南無阿弥陀仏。

その声は、如来様が呼んで下さるお慈悲の声です。

ここにいるよ。
一緒にいるよ。
届いているよ。
必ず助ける。
見捨てはしないよ。
離さないよ。

重誓名声聞十方
阿弥陀様は、今日も呼び続けです。

南無阿弥陀仏


[2021/03/01 05:30] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
この木なんの樹、ほんとに沙羅双樹?
寺の苗木

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

この文は、『平家物語』の冒頭文ですが、先日寺で法話を聞きに行ったところ、住職が、
「庭に沙羅双樹(さらそうじゅ)の樹があるという。」

沙羅双樹は、2月15日にお釈迦様がお亡くなる時にこの樹の下で涅槃に入られ、
その時良い香りを放ち、白い花が降り注いだ、と言われる仏教上の三聖木の一つです。

さらに住職が続けて、
「種が落ちて芽が出ている。持って帰ってもいいよ。」と言われる。
「やった!ありがたい。」と思い早速頂いて帰ってきました。

自宅に戻って沙羅双樹をググると、
「印度原産の樹で日本では育たない。日本にあるのは、夏つばきを代用している。」
とある。しかも、「住職がこんな花が咲く」と見せてくれた写真と画像が全然違う。

現代は便利になり、植物を葉や花から検索するアプリがあるので、寺から頂いた苗木を検索すると、
結果「里さくら」と出てきた。

大根の苗だと聞いてもらってきたら、カボチャの苗だったみたいな話です。

住職の沙羅双樹だという樹に、サクラが咲くかツバキが咲くか暖かくなったら確かめに行きます。
[2021/02/28 09:56] | 感謝 | コメント(0) |
鬼滅の節分会
鬼は外、鬼は外と豆をまかれたら
私の居場所はどこにもありません。

家を追い出され、さびしい、うらめしいと泣くばかりです。

この行く当てもなく帰る家もないのない鬼(私)を
法蔵菩薩は涙を流してみつめ、

「この鬼(私)を救いたい。
この鬼を迎え摂る浄土を作りたい。」

と願って下された。

法蔵菩薩の願は成就し、阿弥陀と名のられました。

阿弥陀様は、

「そうか、豆をまかれたのか。
痛かったろう。
さびしかったろう。
私は、いつもあなたと一緒だよ。
安心して、浄土にいていいよ。
ここは、あなたの家だよ。
今晩だけでなく、ずっとずっといていいのだよ。」

と呼びかけて、そっと抱きしめて離しません。

阿弥陀様は、

「鬼を刃で断ち切り、鬼を滅したら浄土に迎える。」

とは言われません。

心の中に鬼の棲む私を、鬼のまま、
まるごと抱えて、ともに歩んで下されます。

南無阿弥陀仏
[2021/02/02 10:22] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
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万寿のイルミネーション


人生を振り返ると人間関係に悩み苦しむことが多かったように思います。いじめ、失恋、受験の不合格、就職、転職、病気、独立開業、廃業、離婚、お金、これらを全部経験しました。生きることを苦しく感じる時があります。それでも生きる目的を知りたかった。親鸞聖人の教えを聞くご縁があり、阿弥陀仏の本願を知らせて頂きました。後から来られる人の明かりになれば幸いと思い、文章をつづり言葉を残します。

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まんじゅ

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