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念仏が流れ届いています
念仏は阿弥陀仏が称えて下さっています。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏は弥陀の呼び声。

あなたを必ず救う。
今・ここで・そのまま救う。
摂取不捨、おとさんぞよ。
弥陀にまかせろ。
安心しろ。
抱いてかかえて連れて行く。

響流十方という言葉が無量寿経にあり、
「こうるじゅっぽう」と読みます。

私が称える念仏は私が称えているのではなく
阿弥陀仏が私のために念仏をお称えて下さっていて
今、私の元に流れ届いて
私の口を通して、
「南無阿弥陀仏」「なむあみだぶつ」
と声となってあらわれているものです。

届いているから、念仏がでる。

ああ、この瞬間瞬間、
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 と
阿弥陀さまが、念仏を称えて下さっている。

有り難いことです。

「我称え われ聞くなれど 南無阿弥陀仏 連れて往くぞの 親のよび声」(原口針水和上)





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[2019/02/23 06:43] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
連続無窮にして
今日ここで南無阿弥陀仏の六字のいわれを聞かせて頂けるのは、
お釈迦様のご説法から善知識方の導きによって
私の元まで、途切れることなく伝えて下さったからでした。

ありがとうございます。
南無阿弥陀仏


前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え、
連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。
無辺の生死海を尽くさんがためのゆえなり 。

『安楽集』道綽禅師


もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御たすけ候へとたのみまうして候ふ。たのむ一念のとき、往生一定御たすけ治定と存じ、このうへの称名は、御恩報謝と存じよろこびまうし候ふ。
この御ことわり聴聞申しわけ候ふこと、御開山(親鸞)聖人御出世の御恩、次第相承の善知識のあさからざる御勧化の御恩と、ありがたく存じ候ふ。このうへは定めおかせらるる御掟、一期をかぎりまもりまうすべく候ふ。

(領解文)
[2019/02/22 06:45] | 感謝 | コメント(0) |
いつも幸せな人の習慣
いつも幸せな人は、自分に優しく話しかけることを習慣にしているそうです。

人の脳は、は虫類脳、ほ乳類脳、人間脳の3つの層でできていて、
この順で進化しています。

は虫類脳は、原始的、本能的です。
命の危険を感じて、不安や恐怖を感じやすいです。

生きることに不安や恐怖を感じている自分に
優しく「大丈夫だよ」と語りかけ続けると安心して、
「自分は大丈夫なんだ」と幸せを感じられるようになります。


南無阿弥陀仏は弥陀の呼び声です。

あなたを必ず浄土に生まれさせる。
摂取不捨
抱いてかかえて浄土に連れて行く
この弥陀にまかせろ

弥陀の呼び声ほど頼もしいものはありません。



[2019/01/29 11:16] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
仏壇引き出しの奥で忘れられた紙切れ
それと言って楽しいこともない毎日を生きています。

若い時は、
お金持ちになりたい、
事業で成功したい、
魅力的な女性と結婚したい、
そのような欲望が強く、
夢も可能性もあり、
強いエネルギーを持っていました。

将来に期待と憧れがありました。

欲望が強ければ、
反動で失敗のダメージも大きく、
自分に期待しなくなったのかもしれません。

その方が楽だから。

大したこともできず成果も残せていませんが、それでも、
私の人生は最高に幸せだと感謝の思いが湧いてくるのは、
南無阿弥陀仏のおかげです。

南無阿弥陀仏

人生に夢がないなら
いっそ死んでしまったらどうだろう。
即死なら苦しまなくていける。
何のために生きるのだろうか。

誰にも言いませんが、そんな馬鹿なことをこっそり考えます。


今日お仏壇を掃除していたら引き出しの隅に一枚の紙切れを見つけました。

我が背子が 帰り来まさむ 時のため
命残さむ 忘れたまふな

いつ書いたものかしれませんが、私の字です。
誰の歌か、和上か、読み人を調べてみると
万葉集 巻十五 3774 狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)の歌でした。

私にはこの歌が、阿弥陀さまからの言葉として次のように聞けました。

3人の子供に恵まれ、どの子もよく夜泣きをしました。
妻は授乳やおむつの交換で頻繁に起こされます。

私は時々、子が泣き止み眠るまで背負いました。
背のぬくもりは今でも覚えていて感じることができます。

幸いにして私は、阿弥陀仏の本願を聞かせていただくことができました。
今、ここで、そのまま助ける。
まかせよ。
阿弥陀さまが浄土に生まれると思えと言われるので、
はいと聞いておまかせしています。

私のような馬鹿者が、おとといも死なず、昨日も死なず、
今こうして生きているのは、
背で泣いたり寝たりしている子供が、
弥陀の浄土に帰る日のため生かされている。
忘れたまふな。

本当の還相回向は次の生ですが、
お世話になったこの世、この社会、人たちに、
残していかなければならない、
伝えておかなければならない
南無阿弥陀仏があると思いました。


南無阿弥陀仏











我が背子が 帰り来まさむ 時のため
命残さむ 忘れたまふな

万葉集 巻十五 3774 狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)
[2019/01/26 12:10] | 還相回向 | コメント(0) |
除夜の鐘から新年最初のお勤め
大晦日に車で15分ほど走ったところにある真宗の寺に参り、
除夜の鐘をつき、年が明けて本堂で正信偈をあげ、
短い話を聞いてきました。

このお話は、
「平成30年は災害が多く、あまりにも頻繁に災害が発生するので鈍感になっています。
鈍感になっている自分を反省しましょう。」という話で終わり、
残念なことに、南無阿弥陀仏も念仏も信心も本願も本願成就も無いお話でした。

除夜の鐘つきには百数十名の方が参加され、
本堂に上がり勤行に参加された方は20名程でした。

話の内容の無さにガッカリして、
「風邪気味なので寝ていた方が良かったかな」
「来年どうしようか」などと思いながら深夜1時過ぎに帰宅しました。

仏教は聞きがたいです。

仏願の生起本末、六字のいわれを聞かせて頂き、
今、念仏を称えていることが、尊く思えました。

南無阿弥陀仏。

もし来年もご縁があったら、
本堂で正信偈をあげる機会は尊いので、
お勤めに間に合うようにお参りさせて頂こうと思います。
[2019/01/01 16:24] | 念仏 | コメント(0) |
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万寿のイルミネーション


人生を振り返ると人間関係に悩み苦しむことが多かったように思います。いじめ、失恋、受験の不合格、就職、転職、病気、独立開業、廃業、離婚、お金、これらを全部経験しました。生きることを苦しく感じる時があります。それでも生きる目的を知りたかった。親鸞聖人の教えを聞くご縁があり、阿弥陀仏の本願を知らせて頂きました。後から来られる人の明かりになれば幸いと思い、文章をつづり言葉を残します。

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