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ボンヤリと死をおもう間抜けな私
「自分はやがて、いつか死ぬ」
多分ほとんど全ての人はこの自覚があります。
潜在意識の中にあって日常では全く「死」を想わない人もあれば、
重い病気の宣告を受けて「死」が頭から離れない人もいるでしょう。

人の多くは病気で命を落とします。
死の原因は病気だと想うかもしれませんが、
仏教では死の原因は病気ではありません。

死の原因は、生まれたからだと説きます。
病気は、数ある死の縁の一つです。
死はその結果です。

生まれたからには死は避けられません。

ここで問題なのは、死んだらどうなるかです。
死後の世界は有るのか無いのか。
有るとしたらどんな世界か。

いつか私は死ななければならない。
このことは知っていても、ずっと遠くの将来のこととして自覚しています。
まさか、今日死ぬ、今死ぬとは思っていません。
私もそうです。

でも、縁のある人は、「もうだめだ」と死を覚悟する時があります。
その時、避けられない現実として死が自分のことになります。

でも死後の世界は、安心です。

阿弥陀仏が、「必ず救う」と本願を建て、その本願が成就して、
いまここに「南無阿弥陀仏」となって届いています。

南無阿弥陀仏は、「阿弥陀にまかせろ、必ず救う」という弥陀の呼び声。
勅命と言って、命令でもあります。

「まかせろ。救う。」
頼もしい命令です。

私はただ「はい、お任せします」と思って、
「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と
お礼の念仏を称えて日暮しさせて頂きます。
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[2019/10/27 04:02] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
知らないことは怖いこと
よくよく仏教を聞かせて頂きますと、
次の生は地獄行きであろうことが知らされます。

そう聞かされても、少しも驚かないのが私です。

「井戸のぞく 子を呼ぶ親は 命がけ」

井戸に落ちる恐ろしさを知らないから
子は井戸をのぞきます。

阿弥陀さまが、命がけで呼んで下さっています。

阿弥陀さまが命がけになって下されたおかげで救われます。

南無阿弥陀仏
[2019/05/07 00:47] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
迷子の子猫ちゃん
犬のおまわりさんが、
おうちを聞いてもわからない、
なまえを聞いてもわからない。

私はどこから来たのか?
そして、どこへ行くのか?

名前は、父と母がつけてくれたといい、
そう呼ばれているので、
そういう名前だと思っているけど、
死ぬとその名を失い、
今度は寺で戒名をつけられるけど、
それだって本人に届いているのかどうかも分からない。
それに、その名前もつけられた名前で、
それが、私の名前なのだろうか?


どこから来たのか分からない。
どこに帰るのか分からない。
私が誰なのかわからない。


迷っているとは、こういうことを言うなら、
私は迷っています。

たぶん、あなたも。
そして、すべての人が迷っています。


この度私は、お釈迦さまから阿弥陀仏の本願を聞かせて頂きました。
「あなたの帰る家は、弥陀の浄土だよ」と聞き、
「弥陀が、抱いてかかえて連れて行く」と聞き、
そう思って、おまかせしています。
[2019/05/06 00:47] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
しょ、しょ、しょうじょうじ♪しょじょ寺の庭は♪
「しょ、しょ、しょうじょうじ♪しょじょ寺の庭は、つん、つん、月夜だ、みんな出て来い来い来い♪」の童謡を子供の頃大きな声で歌ったことがありますが、
狸ばやしの証誠寺にお参りしてご法話を聞かせて頂くご縁がありました。。

木更津市には仕事で約2年住んだことがありましたが、狸ばやしのしょじょ寺が木更津市にあったとは知りませんでした。
狸が住むならさぞかし人里離れた山寺かと思いましたが、周りにスナックや居酒屋の建ち並ぶ木更津駅から徒歩5分の繁華街のド真ん中、
もう少し歩けば木更津港です。

ご法話の講師は、福井県から来られた高務哲量師。
ホワイトボードに大きく「一子」と書かれて、阿弥陀仏の「必ず浄土に生まれさせて真の安らぎを与える」という願いは全ての人に向けられている。
この願いは平等で、阿弥陀さまは私のことを、一子(ひとりご)と思って下されていると聞かせて頂きました。

阿弥陀仏は私の親となり、常に私を「一子」と思って案じて下さっている。
私には帰る処がある。
抱きしめてくれる親がいて下さる。

ありがたい。
安心だ。

平等心をうるときを
 一子地となづけたり
 一子地は仏性なり
 安養にいたりてさとるべし
         『浄土和讃』

なむあみだぶつ

[2019/03/23 11:37] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
念仏が流れ届いています
念仏は阿弥陀仏が称えて下さっています。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏は弥陀の呼び声。

あなたを必ず救う。
今・ここで・そのまま救う。
摂取不捨、おとさんぞよ。
弥陀にまかせろ。
安心しろ。
抱いてかかえて連れて行く。

響流十方という言葉が無量寿経にあり、
「こうるじゅっぽう」と読みます。

私が称える念仏は私が称えているのではなく
阿弥陀仏が私のために念仏をお称えて下さっていて
今、私の元に流れ届いて
私の口を通して、
「南無阿弥陀仏」「なむあみだぶつ」
と声となってあらわれているものです。

届いているから、念仏がでる。

ああ、この瞬間瞬間、
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 と
阿弥陀さまが、念仏を称えて下さっている。

有り難いことです。

「我称え われ聞くなれど 南無阿弥陀仏 連れて往くぞの 親のよび声」(原口針水和上)





[2019/02/23 06:43] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
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万寿のイルミネーション


人生を振り返ると人間関係に悩み苦しむことが多かったように思います。いじめ、失恋、受験の不合格、就職、転職、病気、独立開業、廃業、離婚、お金、これらを全部経験しました。生きることを苦しく感じる時があります。それでも生きる目的を知りたかった。親鸞聖人の教えを聞くご縁があり、阿弥陀仏の本願を知らせて頂きました。後から来られる人の明かりになれば幸いと思い、文章をつづり言葉を残します。

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まんじゅ

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