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遠い遠い昔からはたらいています
弥陀の本願がはたらいていることが疑いなく聞けると
安心のなかで毎日、この一瞬一瞬を生きていけます。

阿弥陀仏の本願は、すべての人を弥陀の浄土に生まれさせるというはたらきです。

このはたらきは、十劫の昔からはたらいています。
大事なことは、あなたや私は、「今」、
弥陀の浄土に生まれさせるはたらきの真っ只中にいるということです。

はたらきは見えません。
たとえば、万有引力の法則は見えませんよね。
でも、地球上で万有引力ははたらいていますよね。
はたらきとは、こういうものです。

劫は、極めて長い宇宙論的な時間の単位で
いくつかの譬えがありますが、一劫は4億3200万年といわます。

弥陀の本願は、すべての人が相手です。
だから、あなたもわたしも弥陀の浄土に生まれるはたらきの中にいます。

聞き誤ってはいけないところですが、
弥陀の浄土に生まれるはたらきの中にいることと
助かているということは違います。

いつでもどこでも善悪も問わずにそのままの救いです。
阿弥陀仏がすべてを整えて下さり、何もしなくてもよい、
無条件の救いですが、
聞かなければ救われません。

聞くことは救いの条件ではありませんが、
聞かないことには、助けられることはありません。






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[2018/03/13 08:18] | 阿弥陀仏の本願 | コメント(0) |
煩悩があるままで救われる
相変わらず、現在の生活の不足、不満に苦しみ、
人生が思い通りにならないと愚痴が出てきて、
未来の生活を想像すれば不安になります。

私が苦しみ悩む原因は、私の悪業煩悩で、善根が薄く少ないからです。

不平、不満、不足、不安が出てくると、私が過去に行った悪が知らされます。

本来出離の縁のない私ですが、
阿弥陀さまが、こんな私のために五劫永劫の願行を
成就して下さったおかげで私が救われます。

もっともっと感謝すべきなのに、まるで感謝する気がありません。

どこまで行っても恩知らずですが、
有り難いので、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と
お念仏をさせて頂きます。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
[2017/07/11 16:51] | 阿弥陀仏の本願 | トラックバック(0) | コメント(0) |
光に向かって進んだ先の救いではない
私はかつて、弥陀に救われるには求道が必要で、
光に向かって進んだ先に、
善がひとつもできない地獄一定の自己が知らされ、
知らされると同時に弥陀に救われるものと考えていました。

友人に送る年賀状にも、
「光に向かって進ませて頂きます」と決まって書いていました。

しかし、光に向かって進んだ先に阿弥陀仏の救いがあると考えるのは誤りです。

阿弥陀仏の救いは、現在、この場で、そのままの救いです。

光に向かって進むと言ったら、未来です。
この場ではありません。
今の私では救われないということです

大切なことなので繰り返しますが、
阿弥陀仏の救いは、現在、この場で、そのままです。

南無阿弥陀仏のはたらきで救われるには、
私の方ですることは何もありません。

私が何かする必要があるということは、
南無阿弥陀仏に不足があるということです。

南無阿弥陀仏には、足すものも引くものもありません。

「現在、この場で、そのまま」、
あなたも私も弥陀の本願で救われます。


南無阿弥陀仏



里萌元翼果南
第十七願の名号のいわれを聞いて下さい。
[2017/07/08 10:00] | 阿弥陀仏の本願 | トラックバック(0) | コメント(0) |
73億人の世界の中でゼロかもしれません。
現在地球上には、約73億人を超える人が住んでいるそうです。

73億人。


73億人の中で、私の幸せを今願ってくれている人は何人いるでしょうか。

ゼロ。


この瞬間、私の幸せを願ってくれた人は、
もしかしたら、ゼロかもしれません。


遠い遠い久遠の昔から、私ひとりの幸せを念じている
仏様がいらっしゃるとしたらどう思われますか?


阿弥陀仏は、遠い遠い過去に私を見てくれました。

迷いと苦しみの世界で生死を繰り返す私。
真実の世界があることを知らない私。
孤独で何も信じられるもののない私。
幸せになりたくても、自分の力ではどうにもならない私。
惑いの心で行動を起こし、その行動によって苦しみ、
また新たな惑いの心を生み出し続ける私。

阿弥陀仏は、そんな私を、
かわいそうだ、哀れだと思い、
苦しみを抜いて、楽しみを与えたいと思い、
「私が救う」と超世の大願を起こして下さいました。

「どうしたら救うことができるか。」
五劫もの長い間、私一人の幸せを考えて下しました。

一劫は、
「1辺40里の岩を3年に1度、天女が舞い降りて羽衣でなで、
岩がすり減って完全になくなるまでの時間を指す」
というたとえ話があるほどの長い時間です。

そんな長い時間、阿弥陀仏は思惟して下された。

そのことを知らせれ、
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
という感謝の思いが湧いてきます。


阿弥陀仏の救いは、
十方衆生、すべての人が対象です。

あなたも私も阿弥陀仏の「必ず救う」の本願の働きの中にいます。

弥陀は、今この瞬間、あなた一人、私一人の幸せを念じて下さっています。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏



里の翼かな。
幸せを願います。

4月19日、誕生日おめでとう。
生まれてきてくれてありがとう。





[2016/04/19 16:00] | 阿弥陀仏の本願 | コメント(0) |
あなたに「諸有衆生」と呼びかけて下さっています
お釈迦様は、35歳12月8日に仏の悟りを開かれ、

80歳2月15日に涅槃の雲にお隠れになるまでの、

45年間、

来る日も、来る日もご説法され続けました。

そのご説法が、7千余巻の経典、

一切経となって今日残っています。


もし今からお釈迦様の教えを学ぼうとしたら、

45年間かかるのでしょうか。

今晩ともしれない無常の命を抱え、そんな時間はありません。

読み解く知力もありません。


でも、安心して下さい。

親鸞聖人は、お釈迦様の一切経をすべて読まれ、

結論として、教行信証の中に以下のように明言されています。

「それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり」

大無量寿経こそが、お釈迦様が最も教え伝えたかった真実の教えである、と仰っています。


さらに、大無量寿経の中で最も尊い言葉については、

本願寺第三代法主で、

親鸞聖人の孫の如信上人より真宗の信仰を面授口決された覚如上人が、

こう証言されています。

「それについて三経の安心あり。

その中に『大経』をもって真実とせらる。

『大経』の中には第十八の願をもって本とす。

十八の願にとりてはまた願成就をもって至極とす。」(改邪鈔)


願成就とは、大無量寿経下巻で

阿弥陀仏の本願をお釈迦様が解説された本願成就文のことです。


諸有衆生 聞其名号

信心歓喜 乃至一念

至心廻向 願生彼国

即得往生 住不退転

唯除五逆 誹謗正法


この御文のことです。


阿弥陀仏は、

「諸有衆生」 (すべての迷いの中にいる命あるもの)

と呼びかけて下さっています。

この「諸有衆生」が、私に対する呼びかけであったと聞かせて頂きました。

そしてこの御文は、阿弥陀仏が、あなたに対して、

「必ず救う」の呼びかけでもあります。


南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏


里の翼かな
ありがとうございます。
[2016/03/30 15:36] | 阿弥陀仏の本願 | コメント(0) |
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万寿のイルミネーション


人生を振り返ると人間関係に悩み苦しむことが多かったように思います。いじめ、失恋、受験の不合格、就職、転職、病気、独立開業、廃業、離婚、お金、これらを全部経験しました。生きることを苦しく感じる時があります。それでも生きる目的を知りたかった。親鸞聖人の教えを聞くご縁があり、阿弥陀仏の本願を知らせて頂きました。後から来られる人の明かりになれば幸いと思い、文章をつづり言葉を残します。

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まんじゅ

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