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念仏は救いの条件ではありません
念仏は救いの条件ではありません。

念仏を称えて助かるのではなく、
助かるので念仏を称えています。

私の称える念仏には何の功徳もありません。

南無阿弥陀仏という名号そのものに私を救うはたらきがあります。

私が男でも女でも、
若くても年寄りでも、
悪が重くても軽くても、
念仏を称えた数が多くても少なくても、

関係なく、
いま・ここで・そのまま救われます。

南無阿弥陀仏
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[2019/10/27 16:03] | 念仏 | コメント(0) |
ボンヤリと死をおもう間抜けな私
「自分はやがて、いつか死ぬ」
多分ほとんど全ての人はこの自覚があります。
潜在意識の中にあって日常では全く「死」を想わない人もあれば、
重い病気の宣告を受けて「死」が頭から離れない人もいるでしょう。

人の多くは病気で命を落とします。
死の原因は病気だと想うかもしれませんが、
仏教では死の原因は病気ではありません。

死の原因は、生まれたからだと説きます。
病気は、数ある死の縁の一つです。
死はその結果です。

生まれたからには死は避けられません。

ここで問題なのは、死んだらどうなるかです。
死後の世界は有るのか無いのか。
有るとしたらどんな世界か。

いつか私は死ななければならない。
このことは知っていても、ずっと遠くの将来のこととして自覚しています。
まさか、今日死ぬ、今死ぬとは思っていません。
私もそうです。

でも、縁のある人は、「もうだめだ」と死を覚悟する時があります。
その時、避けられない現実として死が自分のことになります。

でも死後の世界は、安心です。

阿弥陀仏が、「必ず救う」と本願を建て、その本願が成就して、
いまここに「南無阿弥陀仏」となって届いています。

南無阿弥陀仏は、「阿弥陀にまかせろ、必ず救う」という弥陀の呼び声。
勅命と言って、命令でもあります。

「まかせろ。救う。」
頼もしい命令です。

私はただ「はい、お任せします」と思って、
「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と
お礼の念仏を称えて日暮しさせて頂きます。
[2019/10/27 04:02] | 弥陀の呼び声 | コメント(0) |
災害に例外の地はない
台風15号で屋根瓦がボトボト飛びました。
隣の家は屋根が吹っ飛びました。

私の住む地域は、高い山もなく、大きな河川もありません。
だから、水害はないと思って生きてきました。

台風21号のもたらした大雨、
例年10月1ヶ月の降水量が数時間で降りました。
川が氾濫して道路が冠水し、一面膝下の深さまで水が広がりました。

浄化槽に水が入ったらしく、悪臭が漂っています。

有り得ないと思っていたことが起きています。

いつまでも有ると思うな親と金。

良く聞くフレーズですが、この続きの句があります。

無いと思うな運と災難。

「よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。」
『歎異抄』

南無阿弥陀仏
[2019/10/26 04:20] | Unclassified | コメント(0) |
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万寿のイルミネーション


人生を振り返ると人間関係に悩み苦しむことが多かったように思います。いじめ、失恋、受験の不合格、就職、転職、病気、独立開業、廃業、離婚、お金、これらを全部経験しました。生きることを苦しく感じる時があります。それでも生きる目的を知りたかった。親鸞聖人の教えを聞くご縁があり、阿弥陀仏の本願を知らせて頂きました。後から来られる人の明かりになれば幸いと思い、文章をつづり言葉を残します。

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